【最終話】退職の決断とひきこもり生活の始まり

会社員を辞めた経緯
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こんにちは、コージローです。

前回の【第3話】でついに退職を決意するに至る決定打を受けることとなりました。

今回は、退職届を出し、退職日までどのように過ごしていたかということを語ろうと思います。

社会人として機能していない1ヶ月間の話です。

では、始めていきましょう。

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退職届の提出

今後についての家族会議

上司Zとの話、先輩Qとの話、その他様々な状況を合わせて妻と話しました。

妻

それは会社がおかしいよ。

そんな会社辞めよう。仕方ない。

他にいいところ絶対あるから。

この先のことはゆっくり考えよう!

怒りをあらわにしながらそう言ってくれました。

これはボクにとってものすごく心強いものでした。

この回答を受けて、すぐに上司Zへ退職の意向を伝えました。

退職届の受け渡し

退職届を書き、後日上司Zへ手渡しに行きました。

上司Z
上司Z

そっかぁ。残念だ。

俺は頑張って欲しかったんだけれど。

次はどうするの?

倉田 航仁郎
倉田 航仁郎

まだ何も考えていません。

とりあえず人と会いたくないし、人と関われない。

まだまだ人混みにいると気持ち悪くなりますから。

この精神状態では再就職は難しいですし、したくないです。

失業保険をもらいながらしっかり自分の人生を考えて、間違いのない道を探して行こうと思います。

上司Z
上司Z

わかった。

また落ち着いたら飲み行こう。

退職届は確かに預かりました。

元気でね。

これで全ての手続きが終了し、会社員としてのボクの人生は終わりを迎えました

終わりなんてあっさりとしたものです。

少し晴れ晴れした気持ちと、今後の不安に駆られながら帰路につきました。

何故休職を選択しなかったか

心療内科への受診が及ぼす未来への影響

仕事を休みがちになっていた頃インターネットで色々と調べていて、自分の症状や状況が鬱やパニック障害、適応障害に属するものだということはわかっていました。

なので、心療内科に行って診断書をもらえれば休職という選択もできたと思います。

そうすればしばらくの間給料を保証されますから、当面は生活を心配する必要がなくなりますしね。

しかしそれはしませんでした

それはなぜか。

色々調べたところ、心療内科に一度受診してしまうと、その先たとえ完治したとしても、通院しなくなってから5年間は新たに生命保険などに入れなかったり、ローンが組めなかったりする可能性がある上、再就職するとしてもそれを報告しないといけない可能性もあるため、影響がとても大きいとのこと。

不治の病扱いというか、精神を患うと自殺する人も多いらしく、そういう人を保険会社としては保障できないということなのでしょう。何かあったらお金を出さないといけないわけですから、これはビジネスとして仕方ないと思います。

A社のせいで、辞めた後もそんな長い間縛り付けられるのは勘弁して欲しかったのです。

本当は受診したかったですよ。

処方箋に頼ってでも楽になりたかったですから。

でもそれが安易にできない仕組みなのだから、環境を自ら変えて自然治癒に頼る他ありませんでした。

休職という回答ができる状況でもなかった

もし仮に、それらを全て許容して受診し、休職できる運びになったとしても、その状態を上司Zに言うことはできませんでした。

自社内でそこまで悪評が立っている中で休職を申告するという根性がボクにはなかったのです。

ここまできたらとことん攻めて強気に出たらいいのでしょうけれど、上司Zの策略によってボクの反抗するチカラを全て削がれていましたのでね。

だから結局、退職するしかできなかったのです。

策士とはそういうものなのでしょうね。

ある意味、そんなにうまく、事を運んだ上司Zを尊敬できました。

A社退職日までの過ごし方

退職が決まってもなおゴタつく会社との関係

退職日までの間に振り込まれるはずの賞与が振り込まれず、それを問い合わせても

『社員一律支給とは言ったが、問題を起こした君に払うことができないと役員会で決まった』

という回答でした。

それくらい払ってくれてもいいじゃないかと思いましたが、そうもいかない様子。

これまでは、役員や上司Zへの不信だけでしたが、この出来事によって総務を含めた会社全体に対して信用できないという結論にるきっかけとなりました。

離職票も未記入箇所があったり、返送が遅かったりと、退職した後の今日現在もいまだにゴタゴタしており、会社という組織そのものへの不信感は日々募っています

結局会社からしたら我々社員はコマでしかなく、辞めるとなればトコトン冷たいものだということがよくわかりました。

ひきこもり続ける日々

そういうやりとりを繰り返しつつ、誰も信用できないままに毎日を過ごしました。

基本的に布団から出ずにずっと寝たきりですが、唯一、子供の送り迎えはボクの担当にしたので、それだけは外出するようにしました。

人に会いたくない一心で、飲みの誘いもほとんど断っていましたから、家族以外との会話はほとんどしていません。

こんな状況で1ヶ月過ごし、2019年4月末日、平成の終わりとともに退職日を迎えたわけです。

まだ離職票に不備があるのでやりとりは続きそうですが…

【まとめ】今後の仕事に対する不安

今回の退職を通して思った事

以上の経緯から、人と接することができるようになるまでのリハビリ期間として失業保険を受給できる間はしっかりと回復に専念しつつ、気持ちも落ち着けて今後の身の振り方をしっかりと熟考しようと思っています。

会社という組織や同僚、先輩後輩に対する不信感が強いことや、人と関わりたくないという思いから、普通の会社に再就職して再び組織に属するというのも、また同じ事を繰り返しそうで怖いというのが正直なところでした。

とりあえず、周りが信用できないのです。

今の理想を叶えるにはフリーランスが魅力的に見えている

  • 組織に属さない
  • いつでもどこでも仕事ができる
  • あまり人と関わらずに一人で仕事ができる

上記のような働き方という観点でフリーランスという道も選択肢に加えて、自分の中ではその道が一番合っているのではと思うようになっています。

会社の一存で勤務地や給料が変わったり副業が認められなかったりするくらいなら、自分で仕事を取ってどんどん働いて働いた分だけ収入になるし、勤務地も時間も自由というフリーランスは魅力的に映っているからです。

一口に『フリーランス』と言っても仕事は多種多様です。

その中で、今のボクができることでやりたいこととしては、過去に少し手をつけたことがあるWEBライターの仕事やブログでの広告収入というものです。

なにせ、そうやって文字を書くことはボクの中では苦にならず、楽しいのです。

そんな楽しい事を仕事にできるなら最高だなというのが正直なところ。

これらを軸にして生活をしていけるのかどうかという可能性を模索しています。

フリーランスは個人事業主なわけですから、当然会社員と違って様々なリスクもあるわけで、そこも調べて理解した上でというのは必要な事ですし、この辺りも踏まえてしっかり考える必要があります。

会社員の可能性も捨ててはいない

もし会社員になるとしても、人にできるだけ会わないような仕事という方向で調べています。

社会的な補償や信頼が大きいのが、どんな小さな組織であってもやはり会社員ですからね。

家族を守るという意味でも、ボクが頑張っていかないといけないのですから、甘えてもいられませんし。

最後に。

これが、会社員を辞め、すぐに会社員への再就職だけに絞って動かない経緯の全てでした。

令和に入った今現在、まだまだ失業中です。

失業保険が満了するまでの間、どのような働き方に着地するのかまだまだ未定ですが、会社員だけどボクの理想が叶えられる働き方の会社に就職できることも願いつつ、できるだけフリーランスで行けたらいいなと思って色々と模索してみます。

そんな日々のアレコレを、このブログでは今後綴っていこうと思っています。

そうなれたらいいなぁ。

これで、ボクの過去語りは終了です。

これからは、『今』や『未来』について語っていきますので、もしよろしければ今後ともよろしくお願いいたします。

以上です。

今回はここまで。

※『会社員を辞めた経緯』の全話紹介

会社員をやめた経緯を説明する記事は、全5話構成です。

下記リンクからご覧いただくことができます。

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